”フェティシズム” Fetishism by Japanese Tomcat ☆Amour Sucre☆

はじめまして♪ ミドサー独身のオトコでスクレと申します。仕事以外の時間帯はエロい事ばかり追及してるオス猫です。よく人の性的興奮話を聞くのが大好きです♪ 基本的に変態とは仲良くできるタイプの人間です。 性的嗜好・性的倒錯・変態性欲。。。官能的なものに,興味や幻想を抱き続け…。 万人受けする絶対的エロス! とは何か? これを人生かけて突き詰めていきたいと思ってます。 脚フェチ、髪フェチ、腋フェチです。 ☆エロティズム フェチズム☆

Category:海外風俗 > 2005年12月 上海・蘇州

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蘇州に一泊。
翌日は太湖へ行くこととなった。

前日はKTV2件を巡り・・・。
セクハラはしたけれども,Hはしなかったので調子は良かったが・・・。

中国のバスを舐めてはいけない。
揺れまくり・・・。 若干 お酒が残っている身体にはキツイ。

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Sさんが仕事なので,Tさんに連れられてバスで太湖へ・・・。
カルフールもあるし, 蘇州なら暮らしていけるな~ と 当時から思っていた。

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太湖に着くと, まずは お昼を食べる事に・・・。

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このエビが生きていた・・・。 お酒と豆板醤? みたいなのに漬けてあったけど。
ピチピチ飛び跳ねていた。 周荘でも似たようなのを見たが,湖エビは美味しかった。

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やはり・・ 江南料理はおいしい。 太湖でも同里でも周荘でも・・・
江南料理であまり外れは無い。

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ただ・・・ このTさんの魚の食べ方が嫌だった。
骨をペッペ ペッペ 出すのだ。 汗 

日本女子は御飯をクチャクチャ食べる クチャ男 や
口を開けたまた食べる パク男 
等を嫌がるが・・・。  

ど~も 置屋の子がフェラした時のように ペッペ ペッペ
女子がペッペとする光景は 私はニガテだ。 涙
あ・・ 無論,男でも無理だ。

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それと・・ もう1つ よく分からなかったことがある。
Tさんが みかんの皮を剥いて 綺麗に白い筋等を取って 私にくれるのだ。
女子力が高いのか? 低いのか? 日本の升で計ってはいけない。

ちなみに・・ みかんはバケツ1つで10元だった。 汗

太湖は綺麗だった。
そして・・ 高級な太湖石は,もうこの湖中には無いらしい。

小笠原の赤サンゴでは無いけれど・・・

中国人の密漁は半端ない。

根こそぎ漁法なのだ。 全部 お金になると知ったら 取っちゃう。 汗

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太湖から戻ると,獅子林へ行くが・・ 
もう 閉園時間だった。 

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拙政園はなんとか手前の茶屋だけやっており,お茶を飲む。

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そして・・ 蘇州の繁華街,勧前町で帰ってきたSさんと3人で食事。

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この時期は,中国で 鳥インフルエンザの問題が過熱しており・・・
誰も鶏を食べなかった。 

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当時はSさんやTさんに連れられて・・ 何処に居るのか? すら分からなかったけれど・・・

蘇州が中国で一番居心地が良くなり, 今では上海に用事があっても・・
 
わざわざ泊まる所は蘇州を選んでしまう。 。 







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2005年冬 蘇州駅 (今の蘇州駅は新しくもっと大きい。 旧蘇州駅)

Sさんが蘇州に来て欲しいと言うので,上海から 1泊2泊で行った。

この時,和階号は未だなく・・・。  普通に上海駅から電車に乗り蘇州へ・・・。

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当時,蘇州ではこのような信号がどんどんでき始めた。

日本でも ,こういうあと何秒的な信号があればいいのに・・
とせっかちな私は思ってしまう。

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蘇州の商業街はこんな感じ。 ここで,Sさんと待ち合わせした。

当時は蘇州舞庁を未だ知らなかった。  

そして・・ この街で,Sさんだけではなく・・・

複数のKTV嬢と逢瀬を重ねることになったり・・・
舞庁で知り合った子とワリキリをしたり・・・
現地妻を持ったり・・・
置屋嬢へ入れ込んだり・・・ 

2012年以降,私が一番行った海外の街は蘇州なのだ。

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新区 商業街で二人してご飯を食べ・・・

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Sさんと別れてホテル周辺を探索。 そこには新区商業街が・・・
彼女はこの近くに住んでいて,ここの近くのホテルを予約してくれた。

もしや? エロい私に気を遣って?? ここにしてくれたのか? 笑

ちなみに・・ これから7年半後,私はここに住む女性に舞庁で惚れて。。
気づくと,その子の家に入り浸り・・・ 帯同ならぬ 現地妻となってしまうのだ。

私が厚かましいのか? 出会った当初の彼女がとても優しかったのか?
今じゃ 現地妻とのWe chatも冷え切っている。 この3か月半会ってないし・・・。
彼女が帰って行った 武漢へ行く予定も当分ない。  
もう 彼女は蘇州へは帰って来てはくれないようだ。 

よく分からないが,武漢で姪の世話をしている。
彼女のWeChatのタイムラインも姪の写真ばかり。
大体1歳くらいだろうか? 可愛い。
 
Oさん曰く,妹の子では無く 現地妻の隠し子では? と聞いてきたが・・
この2年間・・・ 彼女のお腹は一度も大きくなっていないし,
膣圧も全然大丈夫だったので,それは無いだろう。 

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この2005年頃の新区のKTVはとても良かった。 
私がKTVデビューした頃,客の多くは日本人であったし,おっぱい揉んでもそんなに煩くは無かった。

工業区等で働く日本人駐在員の現地妻と言うステータスが欲しかったのだろうか? 
地方から出てきた小姐達にとっては,日本人=お金のなる木。 だったのかもしれない。
何もしなければ,2時間250元くらいで飲めた。

日本へ帰ると,ここで出会って住所を交換したKTV嬢などからポストカードがよく届いた。

当時とは違い,今のように中国人が日本に来るVisaが甘いと,押しかけてくるかもしれないので・・・ 
KTV嬢との連絡先交換はWeChat程度に留めておいた方が良いかもしれない。 笑 


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2005年の上海。

当時の中国雑技団の公演は,ほとんどの客が中国人で・・・
外国人なんて全く居なかった。

今と違って 全部 中国語。 
本当に英語表記のパンフレットすらなく,大変だった。

チケット カウンターでも英語が通じず・・・
Sさんに電話して交渉してもらう始末。 サンガレン! 晩 晩! 
こんなことしか言えなかった。 汗
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フト・・ 思い出したが, この時に私は 伊藤歩 系の 美女に躓いてしまう。
Fちゃんと言って 写真を撮ってくれるように 頼んだら
(私は,写真を頼むときは必ず美女に声をかける癖がある。) 
片言の英語で色々とお話をして 友達になった。
当時はE-mailとicqというチャットを使っていたけれど・・・。
いつの間にか,音信普通になってしまった。 

一番の原因は,この後,私は大阪からアメリカへ引っ越ししてしまい,
時差が13時間もあり,大阪に居た頃の様にチャットの時間が合わなくなってしまったのだ。

シカゴへ移ってからは, 当分 中国へ戻ることはなかった。 
2年間,中国大陸から遠ざかってしまった。

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北京とは違い,まだ12年前の上海はマスクなしでも過ごせた。

そして・・ 浦東を外灘から眺めても・・・

上海中心も上海フィナンシャルセンターも当時は無く,色々とネオンが綺麗だった。

今では外灘クルーズしたら上を見上げるけど,当時は一番高くてもジンマオタワーだった。

地震の起きやすい土地柄,日本には300mを超す高層ビル(電波塔なら2つあるけど)
が1つしか無いけれども,中国や中東諸国はこういうのが好きなんだろうな・・・。 

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そういえば・・ 上海のOさん,Tさん,そして蘇州のSさん・・・
何故か? 皆 豫園へ連れて行きたがる。 
気づくと私は・・ 豫園へ計5回行っている。 汗

Sさんと。 ツァーで。 Tさんと。 虹橋の日式KTV嬢と。 現地妻とのデートで。

内部へ入らないことも多々あるので・・ 豫園商城なら,その倍は行っているかもしれない。

私がとりあえず外国人を浅草へ連れて行くのと同じ感覚なのだろうか?

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ちなみに,それだけ行っておきながら・・・
豫園商城の中で御飯を食べたのは1度しかない。 
聞いてみると,あまり値段的にも美味しさ的にも中国人達に評判が良く無いからだ。

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2005年当時の南京路。 当時はティーガールはあまり居なかった。 というか,声をかけられなかった。
ただ単に 私が若かっただけかもしれないけれど・・・

逆に・・ 偽ローレックス。 おもちゃ。 小姐按摩。 観光ツァー。

そんな勧誘ばっかり。  汗

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今迄に20回近く上海に来ているのに,外灘観光トンネルは1度だけしか乗っていない。

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その1度とは,この2005年の12月。 

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こちら側(浦東)に降りて・・・。
ここにエロの性博物館があったのではあるが・・

その存在を知ったのは,これから2年後。

そして・・・ 浄化政策の名のもと・・
現在は無いようだ。

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地下鉄2号線やら タクシーやら・・・

気づくと, 外灘を渡るのにこのトンネルを使う事は,その後1度も無かった。

 

2005年 冬の上海。

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12年前の南京西路

当時の上海は地下鉄1号線と2号線しか無かった。

今の武漢のように彼方此方で地下鉄の工事をしていた。

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その一方で・・・ 2001年にWTOに加盟して以降,あちこちの建設ラッシュで多くのビル群は既に建っていた。

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2004年・2005年と中国へ仕事とプライベートで行くようになるのではあるが・・・。
当時は日本の金融機関も中国へどんどん事務所を作っていた。

そして・・ 対中投資と言う事で,中国株ファンドを設定してはよく売れたものの,
投資先の多くは香港に上場している中国企業であった。

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この頃・・・
上海で私が夜な夜な行ったのはサウナでは無く,Rojam や Real love という クラブだった。

当時・・ 私はサウナや会所というものを知らなかった。

KTVと小姐按摩しか知らなかった。

でも, クラブへ行くと当時の日本人はメチャクチャ モテたのだ!
未だ中国人達にとって,日本が憧れの国だったのだろう。 
それと・・ 私も20代半ばだったこともあるのかもしれない。 

女子達が向こうから来て・・・ 本当に楽しかった。
今じゃ 中国で 若い女子からアプローチをかけられると, ボッタくり茶屋へ連れて行かれたり,
高価なものを強請られるのでは無いかと逆に警戒してしまう。 笑

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当時の上海では・・・ なにか食べたら胃を壊すと思っていて・・・
外資系ホテルに入っている日本食レストランばかりに行っていた。
あとは・・ 伊勢丹の中にあった日本食レストラン。 

しかし・・・
大阪で通訳をしていた,Sさんが中国の出張所で働くようになってから 状況が一変
彼女の通訳で色々と市中へ出ることができた。

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時の首相は小泉純一郎だったのだが・・ 小泉さんも行ったという 王宝和酒家

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 やはり,上海蟹は美味しく・・・。 この頃から,秋も深まると上海蟹を食べたくなるようになる。

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Sさんと静安寺を行った帰りに,近くのマッサージ店へ。
この時,私はボディ・マッサージを,Sさんは足浴をしたのだが・・・

通された個室で,お姉さんから アソコ も マッサージする?的なお誘いがあった。
追加料金は50元。  流石に,Sさんが居たので断ったけれど・・・
そんなことするようには思えない,普通の真面目そうな子だったので,今だったら大興奮したかもしれない。

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 ちなみに,この時の上海で 私がよく行ってたのは,天津路にあるマッサージ店。

ここは,南京路を歩いている時に マッサージ マッサージと言われて,
マッサージのメニューを持った御兄さんに勧誘されて・・ 

そのメニューの2ページ目には,セクシーなお姉さんが脚で背中をマッサージしてる写真が・・・。
そして,入ってみたら300元で本番OKなお店だった。

あとは,北京路と河南中路の交差点付近の2階にあった按摩店。
ここも個室に入って マッサージなのだが・・・  テコキ無料。 本番+350元であった。

この頃の上海は,どこの按摩へ行っても裏メニューがあった。
それと・・・ 深夜でも余裕でやっていた。
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